土用の丑の日にうなぎをなぜ食べるか?由来は江戸時代から始まっています。
個人的には、うなぎのかば焼きやうな丼を夏に食べるのは、重たいなぁと思っているほうなのですが、やはり江戸時代の人たちもそうだったのです!
そこで頭を使ったのが、かの有名な江戸時代のレオナルドダビンチ(勝手に言ってる)だったわけですが、うなぎはいつから夏に食べられるようになり、さらに丑の日に食べるようになったのでしょうか?
奈良時代からすでに夏に食べる習慣があった
すでに、8世紀の奈良時代の頃にはうなぎを夏に食べるという習慣があったようです。
奈良時代の貴族で歌人の大伴家持(おおともやかもち)の和歌のひとつに、夏に痩せた友人を心配してうなぎを食べると夏痩せしないという旨の和歌が万葉集に残っています。
当時のうなぎの食べ方は、醤油を付けて食べるほかに、塩をつけて食べたり、また味噌をつけて食べたりなどしていたようです。
今現在食べられている、タレを沁みこませて焼いたうなぎのかば焼きの原型が出来上がったのは、1730年ごろだと言われています。
ちょうど江戸の流通が良くなりだしたころで、みりんや砂糖が手に入りやすくなり、ああいったねっとりしたかば焼きのタレが出来たんでしょうね。
新石器時代から食べられているうなぎ
ただうなぎ自体は季節問わず食べられるもので、新石器時代から食べられています。ちなみにうなぎを食べていた化石も見つかっています。
長らく日本では夏にうなぎを食べるという習慣はあったようですが、江戸時代までは特に決まって土用の丑の日にうなぎを食べるという習慣はありませんでした。
平賀源内の発案
土用の丑の日が近づくと、テレビでも言われているので知っている方も多いですが、江戸時代に平賀源内※が丑の日にうなぎを食べる発案をしたと言われています。
※平賀源内はレオナルドダビンチと同じように、発明家であり医者でもあり多彩な才能を持っていた天才と呼ばれていて、コピーライターのさきがけのようなこともしていました。
当時、ねっとりしたタレに付け込まれて焼いたうなぎのかば焼きは、夏場には敬遠されていたようです。
その為、困ったうなぎ屋の店主は、友人の平賀源内に相談し、店の看板に本日土用の丑の日という看板を掲げてみるといいという助言を受けました。
その後その看板を掲げたうなぎ屋は繁盛するようになり、どこのうなぎ屋も真似をするようになりました。
民間伝承で「う」の付く食べ物は、丑の日に食べると夏バテには良いと言われていたことにヒントを受けて源内は考え付いたようです。
一説では、平賀源内が丑の日にうなぎを食べるといいと言ったことから、当時から有名な平賀源内が言うことなので信頼できるということから、広く丑の日にうなぎを食べるというのが広まったとも言われています。
いずれにしても、うなぎ屋の友人に頼まれたというわけですね。
丑の日にうの付く食べ物を食べると夏負けしない
うなぎに限らずですが、元の民間伝承で伝わっていた「う」の付く食べ物は、梅干しや、うり(きゅうりやスイカ)などがあります。
戦国時代のドラマなどで、夏に暑気払い(暑い夏に冷たい食べ物や体を冷やす効果のある食品)として、うりを薄く切ったもの食べている様子などはよく見かけますよね。
少なくともうなぎ以外にも戦国時代あたりからは「う」の付く食べ物が、夏バテにはいいというのがあったんじゃないかなぁと思います。
他の説
また平賀源内の説以外にも二つあります。
- 丑の日に作ったうなぎの保存状態が良かった説
- 大田南畝説
うなぎ屋が子の日、丑の日、寅の日にそれぞれ作ったかば焼きの保存状態が、丑の日に作ったものが一番保存状態が良かった。
狂言師の太田南畝が、うなぎの神田屋の主人に頼まれて、病気にはうなぎが良いということを広めた。
うな丼は個人的には重たいという方には
うなぎのかば焼きは甘く味が濃いモノなので、夏の汗をかく時期にはピッタリの食べ物なわけですが、ただ私の場合、夏には重たいですね笑。
そこは江戸時代の人たちと一緒です。
個人的によくやるのが、うなぎのかば焼きを細かく切って、うどんの上にぶちまけた感じのうなぎうどんです。さっぱりしていておすすめです。
とろろやオクラなどネバネバしたものも良く合いますね。
おすすめレシピはクックパッドでもありますし、食品メーカーのレシピでも色々あります。
うどんも「う」がついた食べ物なので、丑の日にはちょうどいいんじゃないでしょうか?
まとめ
- うなぎが夏に食べられ始めたのは奈良時代
- 丑の日にうなぎを食べはじめたのは江戸時代、平賀源内発案が有名
- うな丼が重たい方には、うなぎうどんがおすすめ
諸説あるわけですが、うなぎのかば焼きは江戸時代にようやく出来上がったのが個人的には意外でした。
暑い日が続きますが、うなぎを食べて夏を乗りこえましょう!